FC2ブログ

外来種との交雑、何が悪い? (2)

前の記事で突然変異について、自然選択が進化の駆動力であることについて触れた。しかし、実際には大部分の突然変異は有害な効果をもたらすパターンか、あるいは環境適応にとってプラスにもマイナスにも働かない中立的なパターンである。中立的な突然変異は選択圧の影響を受けずにゲノム上の特定の場所において一定速度で蓄積するという理論(分子時計)によって、中立的な突然変異の蓄積量やパターンの解析は遺伝的分化の程度や種の分岐年代の推定に利用されている(系統解析)。地域個体群の系統解析においても分子時計の考え方が適用され、例えば下のような系統樹が描かれる。

系統樹

前の記事では、この図でいえば個体群A~Gのそれぞれを独立に扱い保全する必要性について説明した。例えば、個体群Aの保全について考える時、個体群B~Gは全て外来種として扱われ、それらとの交雑は避けられるべきとする。国内であっても異なる個体群であれば外来種として扱われる(国内外来種)。

さて、「種分化」の担い手として個体群を保全するためには、これまでの説明にあるような他の個体群との関係性にだけ着目していればいいわけではなく、個体群それ自体の健全性にも注意を払わなくてはならない。前出の「個体群内の遺伝的バラエティ」は健全性の指標として保全活動で必ずといっていいほど調査項目に入っている。具体的にはヘテロ接合度(h)という値で種内の遺伝的多様性が評価されることが多い。

上の図で個体群Aのある形質を司る遺伝子に3つの型(p、q、r)があるとする(対立遺伝子が3つあるという)。遺伝子型はpp、qq、rr、pq、qr、rpが存在すると考えられる。同じ種類の遺伝子がペアになっている型(pp、qq、rr)をホモ接合、異なる種類がペアになっている型(pq、qr、rp)をヘテロ接合であるという。個体群Aの中でp、q、rの存在割合がそれぞれ0.1、0.6、0.3である場合、遺伝子型がホモ接合である期待値はそれぞれの存在割合を2乗した合計であるから0.01+0.36+0.09=0.46になる。ホモ接合以外の遺伝子型は全てヘテロ接合であるから、その期待値(ヘテロ接合度;h)はh=1-0.46=0.54となる。個体群A中でqが大勢を占め遺伝子多様度が低いケースを想定してp、q、rの存在割合をそれぞれ0.001、0.95、0.049と設定してみるとh=0.095098となり、たしかに低い値となる。また、hは対立遺伝子数が多いほど大きくなることも頭に入れておかなければならない。個体群の健全性を評価する上でhは大きい値ほどよいとされるが、それはつまり集団において(1)対立遺伝子の種類が多く、また(2)ヘテロ接合の遺伝子型が占める割合が高い状態ほど環境適応にとって都合がよいということである。(1)も(2)も個体群サイズが縮小すると悪影響を受ける。

まず(1)について、形質を左右する対立遺伝子の種類が少ないと適応できる環境の幅が狭くなり、逆に多いと環境変化による絶滅のリスクが小さくなることは想像しやすいと思われる。個体群のサイズが縮小すると遺伝的浮動の影響を受けやすくなり、対立遺伝子の偶然的な消失によりその種類が減少する危険性が高まるので、環境適応にとっては都合が悪いというわけである。

次に(2)について、ヘテロ接合の遺伝子型が個体群の適応度に関係する理由は二つある。一つはヘテロ接合(pq、qr、rp)の方がホモ接合(pp、qq、rr)よりも適応度が高くなる形質があるということ(超優性)。主要組織適合遺伝子複合体などのように、病気への抵抗性を左右する遺伝子/形質にこのようなケースがある。たとえば、遺伝子型ppに対応する表現型はpに由来する性質しかもたないのに対して、遺伝子型pqに対応する表現型はpとqのそれぞれに由来する性質を両方持つので適応度がより高くなるということをイメージするとわかりやすい。もう一つの理由は、集団中に淘汰されずに残っている有害突然変異を含む劣勢遺伝子がホモ接合になる確率が高まると個体群の適応度が低下する現象、いわゆる近交弱勢の問題である。ヘテロ接合度の観測値が高い個体群では近交弱勢のリスクが小さいと考えることができるが、逆にヘテロ接合度の観測値が低い個体群ではホモ接合の割合が高いということだから近交弱勢により適応度が下がっている可能性がある。個体群のサイズが縮小すると血縁個体どうしの交配(近親交配)の頻度が高まるので、近交弱勢による適応度の低下が懸念されるというわけである。

近交弱勢に関して、件の記事のコメント欄で現実論さんという方が次のようなコメントを入れている。

オオサンショウウオに交雑の恐れというが・・・(4)のコメント欄より

残念ながら、日本のオオサンショウウオでは地域によっては近交係数が破滅的に悪化している恐れがありますので。交雑種の増加はむしろ有意義かも知れませんね。


近親交配によって近交弱勢のリスクが高まることは確かであるが、近親交配が進んでいるから交雑種の増加が有意義であるという認識は誤りである(完全な誤りとも言えないが)。

近親交配の程度を表す近交係数(F)はヘテロ接合度から計算によって求めることができる。ランダム交配を仮定して対立遺伝子の頻度から計算されるヘテロ接合度の期待値をHe、観測値をHoとすると、F=1-Ho/Heという関係が成立する。個体群サイズが縮小すると近親交配が起こりやすくなるので、個体数が多い条件でのランダム交配に比べてホモ接合の割合が高まる、すなわちヘテロ接合度の観測値(Ho)がHeに比べて小さくなるので、近交係数は1に近づく。現実論さんが「近交係数が破滅的に悪化」と表現しているが閾値などはなく、漠然と1に近い値を「悪化」といっているだけだと思われる。

しかし、ここで重要なことは、近交係数は近親交配の程度を表す数値なのであって、近交弱勢の程度を表す数値ではないということだ。近交係数が高いとき、つまり近親交配が進んだときにどのくらい近交弱勢が発動するかは個体群によって異なる。ホモ接合になる割合が高るからといって近交弱勢が必ず強く影響するとは限らないのである。なぜそのように考えるのかというと、上に既に書いたように、近交弱勢は「有害突然変異を含む劣勢遺伝子がホモ接合になる」ことが原因とされているからだ。個体群中に有害突然変異を含む劣勢遺伝子(以下、弱有害遺伝子)が少ないほど近交弱勢の影響は小さくなる。

弱有害遺伝子を含む劣勢遺伝子はホモ接合にならないと形質に反映しないので、個体群サイズがある程度大きければヘテロ接合の遺伝子型に潜むようにしてその個体群中に保存される(形質に反映しなければ選択圧にかからないから)。しかし、個体群サイズが急激に縮小するなどしてホモ接合の遺伝子型が現われる率が高まるとその弱有害遺伝子を含む劣勢遺伝子は選択圧によって世代を重ねるごとに個体群から取り除かれやすくなる。したがって、過去に個体数が激減したという履歴を持つ個体群では弱有害遺伝子が淘汰されて少なくなっている可能性が高く、その場合には近親交配が進むような状況になっても近交弱勢の影響が小さいと推測できる。




では、有害突然変異を含む遺伝子が多く保存されているために近交弱勢が現実的に懸念される個体群についてはどうだろうか?別の個体群からの移植に良い効果が期待できるだろうか?答えは「やってみないと分からない・・・」らしい。遺伝的背景の異なる集団由来の個体との交配において優れた形質の雑種が得られることは一般によく知られているが(雑種1代目における雑種強勢)、この効果も常に期待できるわけではなく、さらに雑種2代目ではむしろ形質の劣化した個体や不稔の個体(雑種崩壊)になるという報告も多くある。雑種崩壊に限らず、異なる地域の個体群から移植して交雑させると適応度が低下する現象が様々な種で起きることが確認されている。このような現象は外交弱勢または異系交配弱勢と呼ばれており、近年そのメカニズムについて盛んに研究されているようだ(局所的な環境に適応して残っている対立遺伝子や共適応遺伝子複合体に別の個体群から導入された遺伝子が悪影響を及ぼすという説が有力?)。ともかく、個体数が減少している個体群に外来種を導入すれば近交弱勢が緩和されて絶滅のリスクを低減することができると考えるのは、起こりうる様々なケースの内の一つを挙げているに過ぎず、オオサンショウウオの件についてはその楽観論を適用できる科学的根拠はない。

しかし、外来種の導入はいかなる状況においてもやってはいけない、というわけではない。ある個体群において個体数が激減して消滅の危機に陥っている場合、保全生態学の考え方としてまず最初に行うべきことは生育環境の改善である。それだけでは自然回復が見込めないとなったときに初めて別の個体群からの移植が検討される。その際、どの個体群を移植元とするかが最重要の案件となる。異系交配弱勢のリスクを極力抑えるためには、できるかぎり遺伝的背景の共通性が高い個体群を選択しなければならない。上の系統樹でいえば、保全対象が個体群Aであるとき、移植元の個体群はBが最善ということになる。トキやコウノトリについては日本のものと近い系統を選んで移植したという話もあるようだが、その選択が適切であったかどうかを判断できるほどの情報はWeb上になかった。各地で行われている稚魚の放流については自治体がその悪影響を認識せずに無計画に勧めている面があり、研究者/専門家は批判的である。京都大学大学院の渡辺勝敏准教授はその一人であるが、ホームページ上で淡水魚の保全について解説するとともに、日本魚類学会において「生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン」の策定に関わっている。そのガイドラインの一部(要約の部分)を抜粋する。

要約

基本的な考え:希少種・自然環境・生物多様性の保全をめざした魚類の放流は,その目的が達せられるように,放流の是非,放流場所の選定,放流個体の選定,放流の手順,放流後の活動について,専門家等の意見を取り入れながら,十分な検討のもとに実施するべきである.

放流の是非:放流によって保全を行うのは容易でないことを理解し,放流が現状で最も効果的な方法かどうかを検討する必要がある.生息状況の調査,生息条件の整備,生息環境の保全管理,啓発などの継続的な活動を続けることが,概して安易な放流よりはるかに有効であることを認識するべきである

放流場所の選定:放流場所については,その種の生息の有無や生息環境としての適・不適に関する調査,放流による他種への影響の予測などを行った上で選定するべきである.

放流個体の選定:基本的に放流個体は,放流場所の集団に由来するか,少なくとも同じ水系の集団に由来し,もとの集団がもつさまざまな遺伝的・生態的特性を最大限に含むものとするべきである.また飼育期間や繁殖個体数,病歴などから,野外での存続が可能かどうかを検討する必要がある.特にそれらが不明な市販個体を放流に用いるべきではない.

放流の手順:放流方法(時期や個体数,回数等)については十分に検討し,その記録を公式に残すべきである.

放流後の活動:放流後の継続的なモニタリング,結果の評価や公表,密漁の防止等を行うことが非常に重要である.


この要約で示されている考え方は他の生物種にも適用でき、オオサンショウウオの保全も同じ視点で捉えられる。また、放流に関わる生物多様性に対する問題点として挙げられているのは以下のとおりであるが、「放流」を「他の個体群からの移植」などに置き換えて読めばやはり多くの生物種にも当てはめて考えることができる。

  • 生息に適さない環境に放流した場合には,放流個体が短期間のうちに死滅するだけに終わる.  
  • 在来集団・他種・群集に生態学的負荷(捕食,競合,病気・寄生虫の伝染など)を与える.ひいては生態系に不可逆的な負荷を与えうる.  
  • 在来の近縁種と交雑する.その結果,遺伝・形態・生態的に変化し,地域環境への対象種の適応度が下がる.交雑個体に稔性がない場合には,直接的に在来・放流両集団の縮小につながる.  
  • 在来の同種集団が,遺伝的多様性(※3)が小さい,あるいは在来集団と異なる遺伝的性質をもつ放流個体と混合したり,置き換わることにより,地域環境への適応度が下がる.



雑種崩壊、異系交配弱勢について書かれていることがお分かり頂けるだろうか。このようなガイドラインが他の生物種の保全にも適用されるようになってそのことが一般人に認知されないかぎり、外来種問題は後を絶たないだろう。
スポンサーサイト



theme : 博物学・自然・生き物
genre : 学問・文化・芸術

comment

Secre

プロフィール

stachyose

Author:stachyose
だんだんだれてきましたね

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
友達申請フォーム

この人と友達になる